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留学記・ストーニーブルック大学での2年間…福田 健志

 

 

駐車場から病院を見る
駐車場から病院を見る

 

私は2017年9月から2年間、ニューヨーク州のストーニーブルック大学病院に留学させていただいた。ストーニーブルックがあるのは、ニューヨークといってもマンハッタンより東に細く伸びるロングアイランドに位置するのどかな地域である。治安が良く、夏には蛍が飛び、秋頃から鹿を目撃するような自然豊かな場所である。しかし、マンハッタンにも車で(週末であれば)1時間足らずで行くことができ、子供にとっても大人にとっても楽しめる場所である。


ストーニーブルック大学は放射線科医にとって、特にMRIが好きな人にとっては重要な大学である。というのも、NMR現象の画像化に成功し2003年にノーベル生理学・医学賞をピーター・マンスフィールドと共に受賞した、ポール・ラウタウバー教授がストーニーブルック大学の教授であったからである。我々が日々読影しているMRI画像は彼らの功績によるものである。そんな彼が使用した初期のコンソールが大学内に永久展示となっている(写真)。

 

永久展示の初期のコンソール   筆者とSchweitzer教授
永久展示の初期のコンソール   筆者とSchweitzer教授

 

現在もストーニーブルック大学の放射線科はMRIに強く、PET/MRを含む8台のMRIが稼働し、多数のMR physicistと呼ばれるMRIを専門とした物理学者が科内に存在し、私が訪ねて行った放射線科のchair manであるSchweitzer教授はJournal of Magnetic Resonance Imagingのchief editorである。


私の留学は、研究と論文を書くことが主な目的であったが、その過程は日本で私が経験してきたものとは全く別物であった。まず、研究はMR physicistと行う事が多く、彼らの下で働き、放射線科医との接点が少ない点が挙げられる。次に、統計・解析は彼らが請け負うため、それに時間を取られないことである。最終的にSchweitzer教授との仕事を含めれば、腱へのDTIおよびIVIMの利用、ACL再建靱帯のultra short TEを用いた評価、PET/MRを用いた造血髄の組成と骨髄代謝の関係、骨髄炎に対するMRIの有用性の検証といったoriginal researchに関わる事ができ、骨腫瘍に対するMRIバイオマーカーに関するreview articleを書くことが出来た。
私以外にも骨軟部のリサーチフェローが計7人(中国人2人、ポルトガル人3、マレーシア人、タイ人)入れ替わりやってきたため、彼らの研究の手伝いをすることもあった。他国からの同年代のリサーチフェローとの出会いはとても貴重で、各国の事情を話したり、症例に関してディスカッションしたりしたのは良い思い出である。


病院では、Tumor boardが朝の7時からとアメリカの朝は早かったが、参加できるカンファレンスには参加させてもらった。中でも毎日昼にレジデント向けのランチタイムレクチャーが45分×2(計1時間半!)行われていたのには驚いた。興味深いのは、物理学者による放射線物理やMRIの原理に関するレクチャーも定期的に行われている点である。基本的に研究に携わる人間が読影室に行くことはないが、時間があるときは読影室に行き症例を見せてもらう事も出来た。

 

病院へ行く道   近所のワイナリー
病院へ行く道   近所のワイナリー 週末はここでブランチが食べられる


ニューヨークは8月こそ暑い日があるが、比較的1年中涼しい日が多く、冬は大雪により出勤をあきらめる日もあるくらいであった。東京の保育園にはないような広い庭がある現地の保育園で、子供達は想像以上の順応を見せてくれ、子育てしやすいインフラ整備に感動したり、メキシカン料理に目覚めたり、病院外での発見も多かった。


本当にあっという間に2年の月日が流れていった感じである。思いの外、英語力は上がらず、最も多くの時間を割いたのは日本でもできるインターネットでの調べ物であったが、やはりその場にいないと体感できない様々な感動や感謝、悔しい経験や苦しい時間は、この先の医者人生に大いに役立つものと思っている。


最後に、このような留学の機会を与えて頂いた尾尻教授と医局員の皆様に感謝したい。

福田 健志

 

 

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